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見えているものが違う

先日、弊社オフィスで「若手次世代経営者の会」を行った。これは、我々がクライアントからオーダーを受けている「事業を経営する素質のある30代前後の若手を獲得したい」というニーズをいただき活動する中で、お会いした多くの候補者から「自分と同じ年代の、異業界で頑張っている人との横のつながりを作ってもらえたら」という声があり、それを試験的に実現させてみたものだ。ここで、筆者が常日頃思っていることが如実に表れることがあったので、今日はそのエピソードをお話ししたいと思う。

その会に集まったのは、3名の30歳前後の方々。いずれも新卒で入った会社でバリバリ働き、評価されていることが経歴からもにじみ出ている人たちだ。Aさんは、繊維関係の商社で、大手のアパレルメーカーにファッションの提案をする営業の仕事をしており、その商社の最重要顧客を任されている。Bさんは外資系のITの大企業。そこは優秀な人材輩出企業としても有名だ。Cさんは、大手メガバンク出身。今は出向で政府系金融機関にて国際金融部門で活躍している。

Aさんが「ぼくが一番うれしいときっていうのは、自分が提案した服を着ている人を街で見かけたときですね」と言って、その場にいた弊社のアシスタントの服をみて「気になるんですよね~、どういう組み合わせにしているのかとかって」とつぶやく。まさに、消費者の購買行動に直結している仕事をしている人の特徴である。BtoCのAさんに対して、Bさんの仕事は、完全なBtoBだ。さらに言えば、Cさんは消費者の購買行動からもっとも遠い金融の領域を仕事にしている。

Bさんは「自分が大きなプロジェクトを指揮して、無事にそれをやり遂げたときに充実感を感じる」という。でもAさんには「ITのシステムって一体いくらなんですか?」という質問が出る。Aさんのビジネスは、原価に適正利潤を加えて、競合より魅力的な=消費者に購買行動を起こさせる商品を、最終的には消費者に売ることで成り立つ。Bさんの売るITシステムは、消費者に直結しないが、最終的には企業活動を通じて生活者によりよい商品やサービスをより安く提供するのに役立つ。

Cさんは、さらにその企業活動そのものを支える仕組みだ。BtoB的な企業への融資、ということになれば、本当に消費者は遠くなる。でも、あらゆる企業において、事業を進めていくのに資金をどのように調達するのかは重要な課題であり、その意味では、金融はまさにあらゆる商品・サービスにあまねく影響し、その存在を支えているといっても過言ではない。Aさんからすると、Cさんの仕事の意味というのは、ますますわかりにくい。というか、理解はできても、体感として実感できないものだろう。

僕自身、最初は金融からスタートし、ゲーム関連のベンチャーを経て、人材会社に入り、最近はアパレルの経営に少し関与するという経験をしたから思うのだけど、人って、同じシーンに身を置いていても、見えているものが違うことってよくあるんじゃないかと思う。Aさんが、街を歩いているときに見ているのは、通行人の服だろう。でもBさんは、同じシーンでは服なんかまったく興味がなくて、抱えているプロジェクトのことしか考えていないかもしれない。Cさんはまた別のものを見ているかもしれない。

同じ年代の人間でも違うのならば、違う年代や、国籍や文化が違えばなおさら、見えているものは違うだろう。同じ職場でも、部下と上司では本当に見ているものが違う。そう考えると、自分と違う世界の見え方をしている人と話をして、その人の見え方を理解すると、同じ時間や空間が2倍にも3倍にも価値を増してくるような気がする。そして、年齢を重ねてまた見えるものが違うとしたら、とりあえず生きている意味の一つはそこにある気がする。

自分は判断を誤るかもしれない

この1年ほどの間、某メーカーの事業再建にかかわる仕事をさせていただき、とても有意義で刺激的な経験をした。通常、ヘッドハンティングの仕事では、経営者や事業責任者の選別と投入までのプロセスには関与することができるものの、実際にその経営者が采配を振るう段階まではなかなか関与できない。というか、関与すべきではない、ともいえる。あくまでリクルーティングのエージェントなのであるから、リクルーティングが終わった後のプロセスに関与することは百害あって一利なし、とする考え方も理解できないではない。

だが、我々エグゼクティブボードが目指す、企業の成長支援としての経営者発掘と育成のフィールド構築という目標においては、そういったある種の傍観者としての位置取りを是としない。むしろ、積極的に経営者と悩み、その経営者に紹介して活躍しようとしている候補者とその経営者とのタッグを側面支援していくことが求められるといえる。今回関与した事案においては、株主と外部取締役と、実務を担う経営陣と、現場の社員と、外部サポーターとさまざまな利害関係人と直接コミュニケートしながら、実際の事業再建において何が行われていくのかをリアルタイムに把握し、実際にその中で一緒に悩み、最適な解を探す作業に没頭した。

その中で、一緒に働くことになった、A氏との仕事は自分にとって大変有益なものであった。A氏はいわゆる外国育ちの日本人であり、日本の大学を出て外資系の金融機関でキャリアをスタートし、その後大手バイアウトファンドで若くして日本の事業責任者の地位まで上り詰めた人物だ。こうして文章にしてしまうと、いわゆるビジネスエリートの典型のような印象を受けるかもしれないが、実際に彼と話をするとそんな気配は微塵も感じさせない。腰は低いし、オヤジギャグが好きだし、すぐに飲みに誘うし、カラオケが大好きだしと、まあ、逆に典型的な日本人のような人物だ。

彼の仕事ぶりはというと、スピード感が半端なく、細部にまで目をいきわたらせながら、説得や交渉が必要な場では本当に粘り強く、あきらめず取り組み、必ず結果を出す。プロフェッショナルとして厳しいビジネスを生き抜いてきた片鱗が随所に見られる。でも、その中でもっとも感銘を受けたのは、あるひとつの考え方、取り組み姿勢だ。それは「自分は判断を誤るかもしれない」ということを本気でいつも考えて、あらゆる自分の行動を律していることだ。

たとえば、どんな些細なミーティングでも自分ひとり出ることを避けて、誰か他の人と一緒に同席する。メールは、これまた細かいやりとりも必ずCCに誰かを入れる。ミーティングなどは、「時間を合わせるのは大変だし、結局自分で決めることなんだったら、ちゃっちゃと1対1でやってしまって、前に進めればいいのに」と思うのだけど、「ちょっと、一緒に入ってもらえないかな」と言ってくる。こうしたスタンスが一貫しているので、確かに業務において「あれ、思っていた方向と全然違うじゃない」といった、後になっての誤解や齟齬が本当に少なくて済む。

仕事の現場では往々にして「これはまあ、当事者同士で決めちゃって、結果だけ関係者に報告すればいいや」とか「途中の段階であれこれ言われるのは面倒だな」とかいった理由で物事が勝手に進んでしまうことは良くある。そこには「どうせ上の人(他の人)に共有したって、この件でわかっているのは自分だけなんだから」という暗黙の自負というか、慢心があるのだろう。でも、彼にとって、それはもっとも怖いことだ。だって「自分だけでは間違ってしまうかもしれない」と心底思っているからだ。これは、彼が大規模な組織で、組織的な意思決定を、時間をかけてやっていくような官僚的な組織にいなかったから、ということもあるかもしれない。そういった組織ではすでにその考え方は社内決裁のシステムに周到に組み込まれているからだ。でも、彼がいた現場はそうではない。投資という、判断そのものが価値であり、その内容も然る事ながら、タイミングややり方を含め、自分で考えて判断を下すことがその後のパフォーマンス(投資で言うところのリターン)に跳ね返るような環境では、常にあらゆる可能性を考慮して、最善の判断を下すことだけが自分の身を助けるのだ。

この、「自分は間違っているかもしれない」ということを、どれほど深く、どれほど常時思えているのか、ということが「大切である」と思っている人は、大抵自らリスクをとる(とらなくてはいけない)場所にいる人が多い。事業というオペレーションを担っている場合、それは経営者だろうし、オペレーションを担っていないならば投資家かもしれない。そう思って、判断を下し、そして周到に実行するから、実行プロセスにおいて迷いはない。なぜなら、もう判断は十分な考慮のうえで下されているからだ。だから、その実行プロセスにおける説得は力強い。交渉も粘り強い。だって、もう、「間違っているかもしれない」ということは考慮済みなのだから。

ま、仕事だけじゃなくプライベートまで、いつもいつも自分は間違っているかもしれない、って本気で思っていなくてはいけないとしたら、それはそれで人生としてどうなんだろうと思わないでもないのだけど。

大卒の就職状況

私が大学を卒業したのは1995年なのでちょうど15年程前ということになるだろう。世の中はバブルが崩壊したということで、そのころは就職氷河期とか、自分たちのころは本当に最悪だとか言われていたものだった。でも、振り返ってみると、あのころはまだまだ良かった、というのが現実だ。その後、97,8年には銀行を中心に破綻企業が相次ぎ、日本経済そのものがお先真っ暗に感じられたものだった。そして、そのころの新卒にはすでに日本の大企業に対する幻想は消えさり、「結局自分でなんとかするしかないんだろ?」という人たちが起業したり、海外に個人として出て行ったり、新卒というくくりに当てはまらない、自立した個人が出て来た時期でもあった。ベンチャー企業が彼らを吸収してくれていた側面もあった(起業も含めて)。

その後、2002年にはベンチャーブームが一息つき、ITバブル崩壊などといわれたが、一方新興企業と北米の復調を糧として日本の製造業が息を吹き返し、その勢いを買って、他の重厚長大系の企業群も復活し始めた。そしてリーマン前までは、「やっぱり日本は製造業だよね」という雰囲気の中、新卒の企業好感度ランキングも90年代かと見まがうような顔ぶれとなっていた。その間、産業再生機構が立ち上がったり、日本の産業構造を変えていこうとする動きがいくつか見られたけれども、結局大きな波とはならずに、新しい皮をかぶった旧来型の企業が発言権を持つという構造が温存され、それに依存した政治や官僚組織は、そのまま生き残ることになった。

その間に、日本の大企業は「やはり新卒の採用は定期的にやっていかないと」とばかり、以前からの新卒採用の方式をそのまま踏襲した形で採用を開始したけど、2009年のリーマン後には、再び新卒採用の数を大きく縮小させるという事態となった。ここに来て、学生側もよくわかったのだろう。「もう以前のような、新卒大量採用、年功序列、終身雇用の仕組みは一部の希少な企業を除いてありえないのだ」、と。だから、今回の報道にあるように、新卒は2割が就職しない、ということになり、自分の身を自分で守る方法を模索し始めている。

90年代半ばにおきた就職氷河期との大きな違いは、その選択を行っている学生のうち、いわゆる「優秀層」と呼ばれるゾーンにまで広がって、かつ、その割合が著しく上昇していることにある。本来の日本の大学(特に文系)は、旧帝国大学と一部私立大学の成績優秀層を、日本の産業システム(行政+企業幹部)の中枢につつがなく送り込むことが最重要ミッションであった。それが日本の競争力の源泉であった。今、各企業のTOPが憂いているのは、量の問題ではなく質の問題なのだ。

そのような状況の中で、アジアの優秀な人材が、日本の経済資産を目当てに、熾烈な競争を勝ち抜いて企業経営の現場に参入してきている。最近、企業幹部の方と話していても、「中国の若者のほうがアグレッシブで、かつ、能力が優秀だ」ということを頻繁に口にする。実際そうなんだろうと思う。日本語を話す、ということ以外にアドバンテージを持たない人材を採用し続ける理由は、企業の側にはない。

6月末時点での世界の企業時価総額ランキングにおいて、中国の企業がトップ10のうち4社を占めた。一方、日本企業は20位にすら入れない。わずか20年強前には、日本企業がベスト10のうち、8社を占めていた事実はいまや何かの冗談のように思える。同じように、これからの10年先はまたまたまったく予想がつかない。だから、今の構造を前提としながら、常に環境や自己認知に修整を施しつつ、前に進んでいくほかないのだ。だから、新卒の皆さんも、ぜひ自分の頭で考えて行動してほしい。親の世代の言うことのうち、経済や企業に関する常識は、上述のような「冗談みたいな世界」観から形作られていることが多い。意見として耳を傾けながらも、自分なりの仮説と覚悟を持って、社会に出る際の「最初の選択」を悔いのないように行ってほしいと思う。

台湾出張

知人が台湾に渡ったのが2ヶ月前。もともと、それほど頻繁に情報交換するわけでもなかったのだけど、彼が台湾に渡ってから、いろんなビジネスの可能性について、電話ベースでディスカッションするようになり、「渡辺さん、そんなやったら、一度こっちに来たほうが早いですよ」ってな話になり、とんとんと渡航が決まった。

このブログでも何度か書いているとおり、今後ますますアジアへの関与度合いを高めていくことが、面白くビジネスをやっていく上で必須だと考えていたので、今回のお誘いはまさに願ったり叶ったりではあった。中国本土へは、当社の社長がここ数ヶ月の間にかなり出張していることもあって、僕のほうは台湾ってのがまた良かったとも思う。

その知人がセッティングしてくれた方々は、以下のような面々。
・大手航空会社の支店長。米国の営業畑が長かったが、一年前に単身赴任で台湾の事業責任者に。羽田と松山空港(台湾の羽田みたいな空港)の直行便の開通もあって多忙。奥様は有名デザイナーの娘さん。
・日本の金融系シンクタンクの総経理。台湾人だが、日本の損害保険会社に日本で就職後、台湾に帰国、現地で当社に入社し、当社でははじめての現地人総経理に。お兄さんは、台湾の有名航空会社の前社長。
・日本の大手ECサイトの台湾法人総経理。日本で総合商社に入社後、日系電機メーカーに転職後、当社の日本法人に入社。同社の台湾法人立上げの責任者。

皆、魅力的な方々ばかりで、かつ、台湾での生活を大変エンジョイしていて、はつらつとしていたのが印象的だった。ちなみに彼らを紹介してくれた知人もまた、日本人ではあるが、奥様方が台湾の有名な会社のオーナー家系であることから、今回日本での事業を人に任せて、台湾の事業推進の責任者としてやってきたらしい。彼も僕と同年代であり、銀行出身という誼から、お互い以前から腹蔵なくなんでも話をしてきた間柄だ。

台湾自体は、中国の高成長に引っ張られる形で、今年のGDP成長率は7%を超える見込みだ。経済規模はよく九州と同程度、などと言われるが、消費自体にとても積極的な国民柄か、本当に街は人でにぎわっていた。また、シンクタンクの総経理の方が紹介してくれた人が、上海の不動産で儲けたらしく、行く先々でかなりの金額の支払いをしていて、周りの人の分までどんどん札束を切る姿は、「ああ、日本のバブルのときってこんな人がいっぱいいたんだろうなー」と、自分は経験したことがないのに、感慨にふけるという稀な経験をした。

中国への展開も、いきなり本土ではなく、台湾で確実に成功してから、徐々に版図を広げていくということを皆さん仰っていて、確かに、大規模な資本と人材、それから情報ネットワークを持つ歴史ある大企業ならともかく、中堅企業以下の規模であれば、彼らの言うとおり、あせらずじっくりと攻めるべきだろうナーとは思った。

中国資本が入った日本の上場企業が増えてきて、当然マネジメントにも日本人以外の名前が並ぶことが珍しくなくなった。一方、日本にある経営拠点を中国などに移そうと考えている大手の企業は、いつが「沸点」になるか、皆周りを見て準備に怠りない。先進的な一部の企業は、社内公用語を外国語にし始めた。もう、わかりやすく、状況は動いている。ゲームとしては、別のルールが適用されるタイミングだ。過去に縛られない、ということをどこまで腹に落として実行できるか、ということを個人も企業も問われている。

産業構造ビジョン

先日、経産省より発表された「産業構造ビジョン2010」という資料にに目を通した。
http://www.meti.go.jp/committee/materials2/data/g100601aj.html

施策の実現具体性は別として、現状分析としてはとてもよくまとまっていた。印象に残ったことは、こんな感じ。

・一人当たりGDP:3位(00年)→23位(08年)
・2000年-2009年:経常利益増のうち3分の1強がグローバル製造四業種(自動車、電機、機械等)。GDP増分の半分は自動車関連
・世界市場の伸びに伴い、日本製品のシェアが急速に縮小。(液晶パネルのシェア:100%(95年)→10%(05年))(DVDプレーヤーのシェア:95%(97年)→20%(06年))

とくに、appleの主力商品である、ipodとipadの部品に占める日本製品のシェアの図はとても面白かった。
2005年製のipodはその製造部品コストのうち68%を日本の電気部品が占めていたのに対して、先日発売のipadにおける同シェアは20%をきっている、というものだ。3分の2を占めていたのが、5分の1以下になった。全世界でこれだけ話題になっていつコンシューマ製品で、5年間の間にここまで劇的な変化、シェアの現象が起こっていることは、なかなか我々消費者にはわかりにくい。上記の液晶パネルやDVDプレイヤー、カーナビなど、多くの製品がこの10年間に大幅にシェアを落としている。

あとから振り返ると、この2009年、2010年は、良くも悪くも日本にとってターニングポイントになる年になるのだろう。この50年間、世界は新自由主義の旗印の下、一貫して市場開放と規制緩和を進めることによって成長を維持してきた。その恩恵をもっとも受けたのが、日本であった、ということだろう。いま、世界はその方向性の修正(規律ある市場と政府による一定のコントロール)と、成長セクターが先進国から新興国へというパラダイムチェンジの二つの大きな潮流の中にいる。そこで日本が「何で稼ぎ、何で雇用するか」ということが本報告の大きなテーマだが、その提言はまだ漠然としている。

首相が一年ごとに変わり、本質的な変化をTOPダウンで行えない国の形がどうなっていくのか、というのは、実験テーマとしてはとても面白い。もともと政治主導の国ではなかったので、今のところ、TOPがだれでもあまり何も変わらない、という意味では、この国は柳のような強さを持っているのかもしれない。それは、結局敗戦後に誰かが、こうした世界の変化の方向性を想定して、この国の形を設計したということかもしれない。

でもでも、結局、人間万事塞翁が馬、何が幸いするかわからない。年初に弊社で「今年のテーマ」というのを色紙に書き入れたのだけど、僕が書いたのは「適者生存」。我々にできるのは、変化を読みきることではなくて、変化に対応することだけなのだ。10年前、まだ世界は9.11を経験していなくて、米国が主導する繁栄はずっとつづくのだと思っていたし、euroの成立は世紀の実験の成功だと賞賛されていた。結局、我々は、今後どうなるのかなんて、何もわからないのだ。予測の精度は後講釈でしか計れない。

で、結局、いつもの結論で、個人ができることは、自分自身の行動に関して意思決定をすることだけだ。アジアの世紀になると思うなら、自分を取り巻く環境においてアジアの関与度合いを意識して高めればいい。もっと単純に言えば、上海に引っ越せばいい。アジア企業(あるいはアジアにビジネスの中心を移そうとしている企業)に転職すればいい。それらはすべて意思決定の問題だ。でも、アジアの時代に本当になるのか、ってのはわからない。あらゆる事象の不確実性は増しているのだから。

言いたいのは、日本が、これからどうなるか、ということと、自分がこれからどうするのか、ということには直接の関係性は薄くて、今後ますます薄くなっていくだろう、ということ。だから、「日本の将来は真っ暗だ」とか「政治の貧困が・・・」とか言っている間に、数多くの意思決定を行って、個人として適応しながらやりたいことややるべきことへ向かっていけばいい、と思う。

東京への集中と地方復権とアジア

東京の人口は増えている、というニュースが最近あったけど、それより少し前にブログで世界最大の都市圏は東京で、それはこれから20年ほどは変わらない、という記事があった。何でも都市圏としての東京(近隣の諸県を含む)は3000万人以上の人口を抱えていて、2位以下を大きく引き離して圧倒的な1位だそうな。確かに、通勤をしていても電車のダイヤはより密度を高めているにもかかわらず、混雑は緩和されている実感はない。

一方、日本の人口はすでに減りはじめており、かつ世界でも屈指の長寿国となっている事実とあわせて、とんでもないスピードで高齢化を迎えているという事実がある。ってことは、地方は(東京に住む)我々が思っている以上の勢いで人口を減らしているのだろう。実際の仕事でこれを実感している人の話を聞いたりする機会も多く、実際に足を運びたいと思うけど、でもそんな機会が無い。機会が無いことが、また地方の疲弊を間接的に語っているような気もする。

そもそも、1億人を超える人口を抱える国はそれほど多くは無いが、その中で日本は国土が狭いランキング上位は間違いないだろう。とすると、そこで「地方過疎」といっても、他の国の国土比における「過疎」の度合いからすると、むしろ緊密なほどに中央と結びついていて、過疎でもなんでもない、って話になるのかもしれない。それを実現したのは、田中角栄が作った高速道路網を中心とする改造後の日本だったのだろう。

物理的に緊密に結びついた中央と地方は、これまた急激に進んだブロードバンド化によって、情報という意味でもがっちりと包囲網を完成させたのだとすれば、これがある意味で理想とする国家の出現なのかもしれない。経済的な価値の殆どは中央で創出し、地方はその分け前を税金の再配分という形で受け取る。地方を自立させるよりは、いっそう東京への集中化を高めて、グローバル、あるいはアジアにおける優位な位置づけを確保する基盤とする、というのは、結構夢物語ではなく、取りうる選択肢の一つではないかと思う。

私が生まれた北海道は、以前コラムに書いたオーストラリアのスキーブームに加え、アジア・中国の富裕層向けリゾート別荘開発ブームに沸いているらしい。内需が伸びない(人口が減るんだから伸びようが無い)国の生き残りは、そうした近隣の需要をどんな形で取り込むか、ということにかかっている。メーカーは生産拠点をより人件費の安い国へ移転するだろうから、個人消費やサービスを高度化する、あるいは、「売れるもの」に転換する必要があるのかもしれない。そのサービス開発を東京で行う、ということになるのかな?

まだ考えはまとまらないけど、でもこの「東京集中」と「日本の人口減少」のアンバランスは、意外に面白い解を生み出すのかもしれない、と思っている。

安楽いす探偵と想像力

年末帰省するときには、いつも各出版社が出す「今年のベストミステリ本」を買い、そのうち上位の作品を数冊買い込んで、正月の暇な時間を埋めることにしている。一言にミステリといっても色々なジャンルがあるが、個人的には古典的な部類のものが好きだ。そのうちでも「名探偵モノ」は特に多くの名作を生み出してきたが、その中で「安楽いす探偵(アームチェアディテクティブ)と呼ばれるものがある。

安楽いす探偵とは、自分自身は事件の現場にいかないで、安楽いすに座ってひたすら話を聞き、推理を働かせて事件を解決するタイプの探偵だ。まあ、別に安楽いすでなくてもいいのだけど、とにかく、自分で現場に足を運ぶのでなく、完全に人からの又聞きによって事件を解決する、ということだ。彼にかかると「事件は会議室で起きているんじゃない、現場で起きているんだ」というセリフは、「解決は現場なんか行かなくてもできますけど、何か?」ってことになる。

安楽いす探偵にとって重要な能力のひとつは、想像力だろう。自分では直接経験していない場所や、時間、人の行為などを実際に経験した人から聞き出すことで、その人も気づいていないような事実などがパズルのピースのように組み合わさって当初解決不可能に見えた事件が見事に解決する。でも、その想像力とは、結局のところ経験の量を分析・整理し、演繹と帰納を駆使して脳内に溜め込んだ「データ」を参照して結論を出す行為のことを言うのだと思う。

同じ時間・同じ場所にいれば、想像力発揮のための経験という「データ」も同じように溜め込まれるのかというと、そうではない。そのデータのインプットの際に、さまざまな「タグ付け」なり、「整理・分類」を行いながらデータを蓄積しないと、適切な参照を行うことはできない。このタグ付け、整理分析を、経験データインプットの際に行えるかどうか、というのが、「観察力」になる。想像力は、上記の観察力や、記憶力に裏打ちされていなければならない。

安楽いす探偵が解決のための糸口を対話者から引き出すためにする質問のうち、小説的にももっとも面白いのが「不存在の理由」を問うものじゃないかと個人的には思う。たとえば、「なぜ、***をしたのか?」ではなく、「なぜ、***をしなかったのか?」という質問や、「***はあったか?」ではなく「***はなかったのか?」という質問が「不存在の理由」を問う質問である。これこそ、観察に基づく膨大な経験データに裏打ちされた想像力なくしては出てこない質問だろう。

我々の仕事は、まさに安楽いす探偵に似ている。クライアントは最終的には、人材探索を依頼してくるのだけど、経営人材を探索依頼する背景にはかならず経営課題と人事・組織の問題意識があるはずで、それを我々は想像力をはたかせて、かつ効率的な質問によってクライアント自身すら気づいていないことまでも明らかにしていく。

キャンディデートと会話するときも同じだ。キャンディデートは自分がやってきたことを話す。しかし、実はそのキャンディデートの本質は「行った行為」ではなく、「行わなかった行為」とその理由にあることがしばしばある。そのときに、「なぜ、***をしなかったのですか?もし、私があなたの立場なら、まず***をしていたと思うのですが」という質問ができるかどうかは、そのキャンディデートの本質を理解するうえで大変有効だ。

我々は、実際に仕事の現場を「経験」することはできない。クライアントの仕事の現場もそうだし、キャンディデートの仕事の現場もそうだ。でも、安楽いす探偵のような想像力を働かせて、会話を重ねていくことで、100%の理解ではなくとも、少しでも「本質」に近づいていきたいと思う。

ビジネスでも、プライベートでも、何でもいいのだけど、ある局面で選択肢がいくつかある局面でひとつを選べなくてはいけない、という場面を想定する。複数の選択肢から消去法的に考えていって、2,3くらいまでは比較的早く到達できる場合が多いと思う。それで、題名のような状況に達したとしよう。つまり、最後の二つの選択肢は、「もう、どちらをとっても、あまり変わりは無いな」と思えるような状況だ。

たいていの場合、前提条件がかなり不確実な場合によくあることかもしれない。もしも前提条件がすべてクリアならば、選択肢は一つに選べるはずだ。何か情報として不確実な部分が多いから「どちらもかわらない」と思えるのではないか?ゲームで言うと、それは序盤に起こりやすいような気がする。将棋でも、ポーカーでも、マージャンでも、ゲームが進行すればするほど情報は多くなり、判断材料が増える。

まったく情報が無いならば、本当にその二つの打ち手はどちらでもいいのかもしれない。でも、本当に情報はないのだろうか?自分が勝手に「それは前提条件を示す情報じゃない」と考えていることって多いのじゃないか?あるいは、少し工夫すれば何らかの情報は手に入るのではないか?

いや、もっというならば、シミュレーションを重ねることで、実は同じように見える二つの打ち手が、確度として最初は50/50に見えていたものが、51/49になるかもしれない。もうしそうならば、そのわずかな差をきちんと見極めてゲームを進めていくのと、50/50でどちらでもいいや、と思って進めていくのとでは、わずか数手先においても目に見える明確な差になっていく。

もちろん、最善手を打っていても、勝てるとは限らない、それこそ時の運ってこともあるだろう。でも、ゲームが一発勝負で無いならば、上記の51/49を見出そうと努力し、それに対して打ち手を決めていくプレイヤーと、漫然と「どちらでもいいや」と思って打ち手を決めているプレイヤーとでは、総合的な勝率において大きな差が出るだろう。

ビジネスにおいても「決めることが経営そのものであり、社長の仕事」ということが言われる。もちろん、最終的な意思決定をすることが重要な役割であることは間違いない。でも、それは、「単にどっちでもいいことを、どちらか決めて、最終責任を取る」というような簡単なことではない。あらゆる情報を元に、上述のような「わずかな差」を見極める立場にあるのが社長である、という構造的な問題から帰結する「役割」なのであって、単なる精神論ではない。

わずかな差異を敏感に察知して、あらゆる可能性を考慮しようと努力すること。その上で、「もう、本当に情報は無いか、シミュレーションはつくしたか?」と考え続けること。いやはや、経営は面倒だけど、だからこそ多くの優秀な人材をひきつけるのだろう。

ITやネットがすごく進化したこと

昨年後半からiphoneを持ち始めて、色々自分のIT環境を再整備しようと思って、年末にノートパソコンを新しく買い換えた。で、今回はとにかく自分でどこまで安く快適に環境を作れるか、ということと、とにかくあらゆるデータをネットの側に置く(クラウドっていうのかしら)ということ挑戦しようと思い、イチから取り組んでみた。

まずはノートPCだが、ここは悩みどころだった。パナソニックのレッツノートにするか、acerのネットブック的なものにするか。値段が3倍以上違う。でも、ここはやってみよう、ということで、acerにしてみた。いずれ日本の電機メーカーはPCから撤退するだろうし、そうなったときのことを考えれば、まずはacerでいってみようと。今のところ、これは問題ない。

次に、CPUとOSだが、OSはもうwindows7にした。僕の知識ではその他のOSは扱いきれない。windowsならvistaはありえないので、最新の7で。CPUは64bitにしてみた。これも今のところ問題ない。マウスはブルートュースにしたが、快適。電池の持ちもいい。4,5時間は普通に使える。

問題は統合アプリ。officeは高いので、これを機会にいろいろ試そうと思っていたところだった。一番気になるのはgoogle docsだったが、これはどうもまだ扱いきれない。やり方があるのかもしれないけど、やはりブラウザのみだと、つらいような気がする。とうことで、OPENOFFICEをインストール。でも、これが結構重い。この点だけは不満。問題はこの重さが、PCに由来するのか、それともフリーウェアってこんなもん、ってことなのか?これからの課題だ。

メールは、本当は今使っているアドレスはすべてIMAPにしたいのだけど、まあ、それは無理。で、いったんgmailへの転送をデフォルトに。もちろん、iphoneからドメイン名での送受信を可能にしている(これもIMAPならそういった懸念はないのだけど。。。)。でも、このiphoneからのSMTP送信は、なぜかoutlookで受けると文字化けする(返信のときだけだけど。だから、自分のメーラーはthunderbordにしてみたが、これがかなり快適。特に複数アドレスを利用する場合と、迷惑メールのフィルタは秀逸。でも、受け手がoutlookの場合はかなり多いので、その場合はいちいち新規作成をしなくてはいけないのは面倒。

スケジュールは、googleカレンダーを利用。もちろん、iphoneと同期させている。一方、googleappsを利用しいてるグループがいくつかあるので、他人のを見る場合は、iphoneのappsでgoogleを利用して、それを見ている。

で、結構困ったのが、TODOとか、メモパッド、画像、のようないろいろな形で保管されるもの。これって、統合的にどこかにひとつにまとまって、自動的にネット側に保存され、同期されるようにならないかと思っていたら、evernoteっていうアプリがあり、これが超便利。
https://www.evernote.com/

これで、先ほど言っていた、あらゆるものをシームレスにネット側にセキュアにおく、ということをほぼ実現できそう。たとえば、名刺とかも、もらったその場でiphoneのevrenoteでパチリ。画像で保存され、タグをつけられるのは当然だが、なによりすごいのがその画像の中にある文字を認識してくれること。これにはびっくり。いまはまだ英数字だけだけど、これが日本語にも適用されるとすると本当にすごい検索能力になりそう。これまたすごいのが手書き文字も認識してくること。すごいーーー。

ということで、とりあえず、画像、メモ、音声、ファイルはすべてevernoteにどんどん保存(というか、iphoneつかって保存するといつの間にかネットに保存)して、あとからタグやファイルで整理、あるいは検索すればいつでも掘り出せるようになっている。そのうち、音声からも音声認識で検索できるようになるのではないだろうか。

ということで、長々と書いたけど、このすべての機能を入れてもイニシャルでは10万円かからず、ランニングも月額1万円以下だというのは、驚くべきことだ。そして、ネットの向こう側にメールとスケジュールはgoogleに保存され、画像、音声、アイディア、ファイルはevernoteに保存される。いやはや、本当にすごい世界になったものだ。

ライブを見る

先日、仕事でお世話になっている人に誘われて、ライブを見に行った。といっても、その誘ってきた方がボーカルを務めるアマチュアバンドのライブだ。みな40代半ばで、高校の同級生とのこと。1時間強の時間だが、30人くらいの客はみな同年代だ。半分はオリジナルだそうで、オリジナル以外も知っている曲は少なかったが、とても楽しめた。

勿論、アマチュアということもあり、プロのライブを見に行くような覚悟も姿勢もなかったのだけど、演奏のクオリティも場の雰囲気も、思った以上に高質なもので、十分楽しめるものであった。加えて、バンドのメンバーのオン(仕事)とオフ(ライブ)とのギャップが面白く、それぞれ小学生以上の子供たちが最前列を陣取っていて、ときどきMCで「怖くないからねー、いつものおじちゃんだよー」などといいながら、ロック調でシャウトしていたりするのがいい意味でアットホームな心地よいものだった。

ITやネットなど、テクノロジーの進化は、仕事はもとよりプライベートな生活も大きく変化させたけど、アナログなコミュニケーションの価値は減ずることなく、むしろ相対的に高まっているというのは本当だと思う。僕自身も、昨年からはまっているカードゲームは社会人になってから初めての「趣味」と言えるものだけど、ますます関心度合いを強めている原因の一つは、ショップバトルというリアルに見知らぬ人と対戦する「場」があることが大きいと思う。

ヘッドハンティングというのは、もちろんクライアント(企業)のために、彼らが求めるスペックの人を探すために毎日候補者と出会い、コミュニケーションをとるわけだが、その一人一人の背後には膨大な物語があって、かならずしもスペックとは関係なさそうな、そういった物語にこそ、その人の本質が表れるというのはよくあることだ。

日々、お会いする一人ひとりの方々(これはクライアントでも候補者でも同じ)がもっている「物語」に触れて、それが自分自身の人生を照らすようなものでありたい、といつも思うし、また、自分の物語もまた、誰かの関心に触れて光り輝くことがもっとあってほしいと思う。


Author:渡辺健堂
1971年生 北海道出身 北海道大学法学部卒
卒業後、㈱日本長期信用銀行入行。コーポレートファイナンス業務、マーケット部門でミドルオフィス業務に従事。その後、ベンチャー企業を経て2000年にヘッドハンティング会社の設立に参画。2002年に同社代表取締役社長に就任。投資ファンドにおける投資先経営陣確保の重要性に着目、幅広い業界の経営者候補との強いパイプラインを築く。
2006年㈱エグゼクティブ・ボードの立上げに参画、主に金融の他、事業開発、事業企画などを得意とし、経営者発掘と投資ビジネスの融合を模索している。

2016年2月

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