直観と直感

「迷った時には、チョッカンに従え」などと言われるけれども、この時のチョッカンは直感なのか、直観なのか、どちらだろうと思って少し調べてみた。

直観とは、知識の持ち主が熟知している知の領域で持つ、推論などの論理操作を挟まない直接的かつ即時的な認識の形式である(wikipediaより)。

直感の方を調べると、結構いろいろ書かれているけれども、上記の直観の後半の方の「推論などの論理操作を挟まない」という要素は共通している。ただ、直感の方は「心で感じる」といった、より「感覚」を重視する定義が多い。
一方直観の方には、哲学の専門語として定義はかなり多く、また仏教用語しての定義もあったりした。

冒頭の「迷った時」 にはどちらに従うのかということだけど、要は「知識の持ち主が熟知している知の領域で持つ認識」ような性質の判断なのかどうかが問題になる。ってことは、日常的な迷いのほとんどは「直感」に従え、と。でも、これは自分で合理的に収集しうる情報を集めてその上で、ということにはなるんだと思う。

さて、直感の「感」だけど、「感覚」と捉えるのと 「感情」と捉えるのとでは大きく違うと思う。「感覚」に従うというのは場合によってはアリな気がするけど「感情」に従うというのは危ない気がする。迷っている内容にもよるけれども。

最近、NHKオンデマンドの有料サービスに入って、いつでもスマホでNHKスペシャルやクローズアップ現代など、優良なコンテンツを見られるようになった。その中で、「量子力学」とか「超ひも理論」など、理論物理学などの先端の事例を見ていると、人間が生まれた頃から一般的にもつ「常識」に反するような理論が、ミクロの世界や宇宙のはじまりのような超マクロの世界では有力な学説として出てきていると語られていた。

また、理論物理学の先端には、プログラミングやコンピュータの処理能力のみで解ける問題はなく、「仮説」を構築してそれを検証するという行為の繰り返しの中に解が見つかる、というようなとてつもなく知的ながらも人間的な活動領域のようだ。

直感でもなく、直観をも超える、常識に反した仮説。それが、もしかしたら自分の人生を打開するのかも知れない、と最近思う。
 



Author:渡辺健堂
1971年生 北海道出身 北海道大学法学部卒
卒業後、㈱日本長期信用銀行入行。コーポレートファイナンス業務、マーケット部門でミドルオフィス業務に従事。その後、ベンチャー企業を経て2000年にヘッドハンティング会社の設立に参画。2002年に同社代表取締役社長に就任。投資ファンドにおける投資先経営陣確保の重要性に着目、幅広い業界の経営者候補との強いパイプラインを築く。
2006年㈱エグゼクティブ・ボードの立上げに参画、主に金融の他、事業開発、事業企画などを得意とし、経営者発掘と投資ビジネスの融合を模索している。

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