2010年7月アーカイブ

台湾出張

知人が台湾に渡ったのが2ヶ月前。もともと、それほど頻繁に情報交換するわけでもなかったのだけど、彼が台湾に渡ってから、いろんなビジネスの可能性について、電話ベースでディスカッションするようになり、「渡辺さん、そんなやったら、一度こっちに来たほうが早いですよ」ってな話になり、とんとんと渡航が決まった。

このブログでも何度か書いているとおり、今後ますますアジアへの関与度合いを高めていくことが、面白くビジネスをやっていく上で必須だと考えていたので、今回のお誘いはまさに願ったり叶ったりではあった。中国本土へは、当社の社長がここ数ヶ月の間にかなり出張していることもあって、僕のほうは台湾ってのがまた良かったとも思う。

その知人がセッティングしてくれた方々は、以下のような面々。
・大手航空会社の支店長。米国の営業畑が長かったが、一年前に単身赴任で台湾の事業責任者に。羽田と松山空港(台湾の羽田みたいな空港)の直行便の開通もあって多忙。奥様は有名デザイナーの娘さん。
・日本の金融系シンクタンクの総経理。台湾人だが、日本の損害保険会社に日本で就職後、台湾に帰国、現地で当社に入社し、当社でははじめての現地人総経理に。お兄さんは、台湾の有名航空会社の前社長。
・日本の大手ECサイトの台湾法人総経理。日本で総合商社に入社後、日系電機メーカーに転職後、当社の日本法人に入社。同社の台湾法人立上げの責任者。

皆、魅力的な方々ばかりで、かつ、台湾での生活を大変エンジョイしていて、はつらつとしていたのが印象的だった。ちなみに彼らを紹介してくれた知人もまた、日本人ではあるが、奥様方が台湾の有名な会社のオーナー家系であることから、今回日本での事業を人に任せて、台湾の事業推進の責任者としてやってきたらしい。彼も僕と同年代であり、銀行出身という誼から、お互い以前から腹蔵なくなんでも話をしてきた間柄だ。

台湾自体は、中国の高成長に引っ張られる形で、今年のGDP成長率は7%を超える見込みだ。経済規模はよく九州と同程度、などと言われるが、消費自体にとても積極的な国民柄か、本当に街は人でにぎわっていた。また、シンクタンクの総経理の方が紹介してくれた人が、上海の不動産で儲けたらしく、行く先々でかなりの金額の支払いをしていて、周りの人の分までどんどん札束を切る姿は、「ああ、日本のバブルのときってこんな人がいっぱいいたんだろうなー」と、自分は経験したことがないのに、感慨にふけるという稀な経験をした。

中国への展開も、いきなり本土ではなく、台湾で確実に成功してから、徐々に版図を広げていくということを皆さん仰っていて、確かに、大規模な資本と人材、それから情報ネットワークを持つ歴史ある大企業ならともかく、中堅企業以下の規模であれば、彼らの言うとおり、あせらずじっくりと攻めるべきだろうナーとは思った。

中国資本が入った日本の上場企業が増えてきて、当然マネジメントにも日本人以外の名前が並ぶことが珍しくなくなった。一方、日本にある経営拠点を中国などに移そうと考えている大手の企業は、いつが「沸点」になるか、皆周りを見て準備に怠りない。先進的な一部の企業は、社内公用語を外国語にし始めた。もう、わかりやすく、状況は動いている。ゲームとしては、別のルールが適用されるタイミングだ。過去に縛られない、ということをどこまで腹に落として実行できるか、ということを個人も企業も問われている。


Author:渡辺健堂
1971年生 北海道出身 北海道大学法学部卒
卒業後、㈱日本長期信用銀行入行。コーポレートファイナンス業務、マーケット部門でミドルオフィス業務に従事。その後、ベンチャー企業を経て2000年にヘッドハンティング会社の設立に参画。2002年に同社代表取締役社長に就任。投資ファンドにおける投資先経営陣確保の重要性に着目、幅広い業界の経営者候補との強いパイプラインを築く。
2006年㈱エグゼクティブ・ボードの立上げに参画、主に金融の他、事業開発、事業企画などを得意とし、経営者発掘と投資ビジネスの融合を模索している。

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