2008年12月アーカイブ

社会人デビューのPTSD

来年4月の新卒に内定取消が相次いでいる。企業の側は100年に一度だとか言われている不況を前にして、戦後なかったくらいに首をすくめている印象が強い。最近、いろいろな方とお話をしている中で、2005年から2007年の新卒の傾向についてお話を伺う機会があった。今回はそのときに感じたことを書いてみようと思う。

人材は、ポテンシャル×経験みたいな側面がある。ポテンシャルはあっても、それが顕在化するためには、経験という場が必要である。そして、バブル以前の日本経済において、直接的ではないにせよ国家の意思は新卒の採用にも表れていた。つまり、重点的に強化した産業に優秀な人材を配置するために、「花形産業」をフューチャーし、「ここに入れば給与も高くてやりがいもある仕事につける」という雰囲気を作り出した。この語り方は原因と結果を逆転させているように見えるかもしれないが、実は往々にして原因と結果は逆だったりする。

70年代、80年代は、その時その時の基幹産業がそうだった。鉄は国家なり、という素晴らしいコピーライティングで鉄鋼業界に人材が入って行った時代であった。80年後半より事業会社だけでなく、金融機関が大量採用の時代に入る。またこの間一貫して、官僚は「国家をデザインする」というとても面白い仕事がそこにあったので、TOPクラスの人材を引き付けていた。また、資源もなく、お金もない日本では、製造することで稼ぐという方針を打ち出したので、技術者を輩出することも重要だったので、メーカーにポテンシャルの高い人間が入っていくようになった。

大体、1980年までに社会人になった方々は、上記のような右肩上がりの経済の中で自分のビジネス経験を蓄積することができた世代であり、一種世代としてとても幸せな世代であったと思う。この間、新卒はいつも社会にあたたかく受け入れられていたし、可能性を開花させるための「育成」という視点が会社の側に明確に意識されていた。

そしてバブル時代に新卒を迎えた時代がくる。日本が世界で経済力ナンバー1の時代に社会にでた新卒はその時をピークに下降する経済が認識のトーンになる。ただ、この世代はその先輩達の価値観を色濃く残している。また彼らの親たちもまた、彼らに「ちゃんと頑張っていれば、今日よりも明日はもっと良くなる」という価値観を植え付けていたので、彼ら自身はその後の下降局面においても、その価値観でもって自己を叱咤することができたと思う。

そして、私自身が卒業した90年代半ば以降がやってくる。もうそれほど経済は成長しないとわかっていながら延命策に終始していた時代が終わりを告げ、経済の心臓ともいえる金融機関がバタバタと倒産した。そして2000年の不況が訪れる。そんな暗い雰囲気の中に唯一光り輝いていたのは「インターネット」という新しい市場であった。既存の価値観では救われない新卒はこの新しい分野に最後の望みを託したが、景気回復と同時にホリエモン失墜という旧勢力からの巻き返しで、思いっきり出た鼻をくじかれた。

90年後半以降、新卒のマインドセットは大きく変わった。世代という塊ごと社会にやさしく迎えられていた世界から、年次や業界、会社、あるいは部署にいたるまで、各々の特徴・固有性が高まり、ジェネレーションでくくれなくなったのが今の状況だろう。ただ、2000年の不況時には、インターネットがあった。そしてインターネットを含む新興ビジネスが退潮する中で、2003年くらいから日本の製造業が新興国市場の拡大と同時に日本経済をけん引し、従来型の大企業も再び新卒を採用し始めた。そして就職人気ランキングも20年前とかわらない顔ぶれが並んだ。しかし、このとき学生たちは決して今までと同じような心境でそれらの企業のラブコールに答えていたわけではなかったのだ。

一度絶望を感じた新卒学生は、もう二度といままでの日本の新卒学生のようなまっすぐな、傷一つない志をもって社会を眺めることはもうないだろう。結局、グローバル化と情報化社会がドライブをかけた変化するスピードは、「確固たるものなどもう今後現れない」という通奏低音を社会人をスタートする全ての人たちに植え付けてしまった。

そして、いよいよ今回の事態である。なりふり構わず内定を取り消してくる会社が属している、この日本の経済社会が社会人経験のスタートとなるこれからの新卒は、もしかすると我々の想像を大きく超えた塊になるかもしれない。その塊はどんな風に日本の社会を動かしていくのか。実は楽しみでもあったりする。


Author:渡辺健堂
1971年生 北海道出身 北海道大学法学部卒
卒業後、㈱日本長期信用銀行入行。コーポレートファイナンス業務、マーケット部門でミドルオフィス業務に従事。その後、ベンチャー企業を経て2000年にヘッドハンティング会社の設立に参画。2002年に同社代表取締役社長に就任。投資ファンドにおける投資先経営陣確保の重要性に着目、幅広い業界の経営者候補との強いパイプラインを築く。
2006年㈱エグゼクティブ・ボードの立上げに参画、主に金融の他、事業開発、事業企画などを得意とし、経営者発掘と投資ビジネスの融合を模索している。

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