2008年8月アーカイブ

本屋

最近めっきり本屋に行く回数が減ったなあ、と先日ふと思った。
以前はほぼ毎日ランチの帰りなどに立ち寄って、新刊本をぱらぱらめくってみたり、ビジネス関係の雑誌に目を通していたりしたのだが、最近はそんな欲求もなくなってしまった。特に読まなくなったのは、ビジネスのノウハウが書かれている本。整理術とか、あるいはMBA的知識とか、自己啓発モノとか、そういったものにはまったく関心を持たなくなってしまった。
その大きな理由は、ある程度かかれていることが定型化していて、新しい「知」の吸収において効率が最も悪いように思えてきたからだ。実際、「あ、これは以前読んだな」とか「あ、これはあの話しの焼き直しだな」と思うような内容がほとんどになってしまっている。たぶん、こういった本を継続的に読んでいる人は繰り返すことでその知識を強化していて、その強化のプロセスが楽しい人なんだろうと思う。以前の自分はもしかしたらそうだったのかなと思う。

では、いまはどんな領域の読書をすることが多いのかというと、古い良書を読みたいなあと思う。
こうして書いているこの瞬間にも「古い本を読め、というのはいろいろなところでいろんな人が何回も言っていることで、目新しさがないなあ」と自分で思ってしまうのだが、事実なので仕方がない。要は、時間に耐えてきたものは品質において一定担保されているから、というのが理由だ。
一方、まったく別の話しとしては、最先端の科学(文系理経問わず)を解説したものなども以前から興味を持っている分野だが、ここへの関心はなくならない。
前にどっかで書いたかもしれないが、文系だろうが、理系だろうが、基礎技術は科学の最先端で生まれ、それが10年とか20年たって社会に浸透していき、その一部がビジネスになっていくのだと個人的には思っている。だから、一般人に解説されるような科学の最先端の知識は5-10年後の世界を予想するのに役立つ。

でも、それでもやっぱり本屋に行く回数は減った。
一方増えたのがウェブによる知識吸収だろうか。ウェブでは満たせない、本独自の付加価値があると思っていて、それはフィクションの良書を読むことだろう。
定期的に読書で涙を流したいと思っているので、泣ける本をいつも探している。最近は帯広告に書いてあることを鵜呑みにするとえらい目に会う。たぶん、ウェブサイトとかで、自分の志向に合う本を登録すると同じ志向を持つ人が何を読んでいるか分かるというのはありそうだ。でも、面倒だからそんなところは見ない。

結局、本屋にいくのが少なくなったのは、現実世界が本の世界よりも面白いからじゃないかと思っている。そうだとしたら、自分は幸せなんだろうと思う。

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チャンス到来

昨年の終りにサブプライム危機が顕在化して以降、未曽有の不景気が来るとかいう話を各所で聞いた。大手人材会社の売り上げは例年の商戦期である3.4月に大きく落ち込み、前年同期比10%減を最大想定値としていた紹介業マーケットの縮小幅は3割近くまで拡大しているらしい。タイミング的には、最初に情報を知ってから半年たって影響が広がってきている感じだ。そして、今の状況はというと、2番底、3番底の話がでてきている。たぶん9月と12月をにらんで、またいくつかの大きな企業が潰れるのだろう。特に建設・不動産業界における業界構造の激変と、原料高による消費者心理の極端な冷え込みは、内需を主な収益源としている業界を直撃し、深刻な影響をあたえている。人材紹介業はそのごくごく小さな一部だであり、先行指標としての意味合いがある。

今のこの雰囲気と構造を、1997年、98年の頃になぞらえる向きもある。僕が最初に入社した銀行が国有化されたあの頃である。ただ、あのころと違うのは、この不景気を「契機=チャンス」と捉える向きが多いことだろう。確かに、今インターネットビジネスで成功しているいくつかの企業は、その90年代後半の厳しい時期に事業を開始した企業が多い。VCの幹部に聞くと、好景気のころに大量の資金を集めるようなVBよりは、不景気の時に細々と始まりながら、地道にビジネスを拡大させていったような企業のほうが結果的に優良な企業になっていることが多いそうだ。

我々の人材ビジネスの業界も大きく変貌を遂げようとしている。80年代半ばにR社がビジネスとして人材あっせん業に取り組み始めて以来、業界として始めての前年比マーケット縮小という試練の中、ここ数年で「人材紹介はもうかるらしい」という軽い気持ちで参入してきた多くの同業者は、この不景気の波を乗り越えられずに姿を消すだろう。一方、この間にしっかりと自分の立ち位置を確保し、やるべきことに集中して、クライアントからの支持を集めることのできた紹介会社は、淘汰の波を好機ととらえ、むしろその版図を拡大させることに成功するに違いない。

特に最近感じることは「継続は信頼を生む」ということだ。私がヘッドハンティングの仕事を始めたのがちょうど8年前の今頃であったが、たかだか8年でもその間にきっちり成果を出した人、当初言っていたこととぶれることなくしっかりとやり遂げてきた人、などを多くの業界にわたってみてくると、そのような人とは本当に長くお付き合いしたいなあと、つくづく思う。一方、威勢はいいが、結局何も結果を残せていない人、いつも夢を語るが実行に移さない人、なども明確に分かってくる。

まあ、人生において、結果を残すことが重要かどうかということも、個人が決定することだろうから、結局当人が自分の人生をどうとらえているかが全てだとは思うが、いずれにしても時間の経過は色々なことを明らかにする。チャンス到来とするかどうかは、結局のところ個人の姿勢にかかっているのだろう。

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部屋の掃除

別に最近部屋の掃除をやったわけでもないのだけど、たとえ話として、部屋の掃除が思いついたので書いてみようと思った。というのも、最近どうしても考えることが画一的になってきているので、ちょっと別の方向から見つめなおしてみようと思った次第。

部屋を掃除する場合、自分はまずどんな小さなことでもいいから始めてしまおうと思うタイプ。目指すゴールを思い浮かべて、段取りを決めて、などといったことを考え出すと、そのうちその部屋だけでなく、そもそもレイアウトがおかしいとか、あるいはこの部屋だけでなくほかの部屋だって汚いとか、いやいやこの家全体に問題があるとか始まっちゃうと何も進まない。そして、自分はそのタイプなので、なるべく全体像を考えないで初めて見ることが自分にとって重要だと思っているから、いつもそうする。

で、始めるとその行為自体がそこそこ面白くなる。で、ひとりでにあるべき姿(ゴール)とか、最適な順序とか考え出す。ただ、このとき最初の段階と違ってすでに作業は始まっている。従って、その構想がレイアウトや他の部屋の問題、まして家全体に対する不満にまで広がることはほとんどない。限定された領域で、最大の効果を発揮するにはどうしたらよいかを、手を動かしながら考えていく。

掃除が進むにつれ、意外なモノを見つけたりする。以前読みかけのままにしておいた本とか、古いアルバムとか、メモや日記の類・・・。これらに対してどのような態度をとるべきか、ということも重要だ。時間が許すなら、いちいち反応して、思う存分耽ってみたい。しかし、大抵時間が許さない。だから、ちらりと目を通して、できれば後でそれらのモノに存分に触れる時間を別途とるのが望ましい。しかし、そうしてしまうと、またどこかに埋もれてしまったりもするのだが。

いらなくなったものをどうするのか、ということも掃除における重要なテーマだ。僕に関して言えば、ほとんど捨てる。捨てることは快感である。自分の身の回りに、物理的な意味における蓄積がないこと、なくても平穏な心持でいられることを相応に重要だと思っている。ゼロでいても平気だ、という姿勢でありたい、と思っているので、捨てることに恐れはない。

かくして、一応部屋は片付く。だが、いつの間にかまた部屋には様々な垢のようなものが溜まっていく。そろそろ家そのもののことを考えなきゃいかんのかなあ、と思ったりする。

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Author:渡辺健堂
1971年生 北海道出身 北海道大学法学部卒
卒業後、㈱日本長期信用銀行入行。コーポレートファイナンス業務、マーケット部門でミドルオフィス業務に従事。その後、ベンチャー企業を経て2000年にヘッドハンティング会社の設立に参画。2002年に同社代表取締役社長に就任。投資ファンドにおける投資先経営陣確保の重要性に着目、幅広い業界の経営者候補との強いパイプラインを築く。
2006年㈱エグゼクティブ・ボードの立上げに参画、主に金融の他、事業開発、事業企画などを得意とし、経営者発掘と投資ビジネスの融合を模索している。

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