事業の視点、投資の視点

 先日、銀行時代の先輩で、今は投資をやっておられる方を、知り合いのスタートアップの社長とお引き合わせをした。その先輩の投資戦略は超長期の投資を行う、というものであり、であるからして資金の性質も個人とかでは超長期には向かず、機関投資家の中でも年金等の資金をあずかって、厳選して長期に価値を生む起業の株式に投資をしてほとんど売却しない、という方針で運営されている。

 

紹介したスタートアップの事業は今をときめくシェアリングエコノミーの会社で、すでに数10億を調達して乗りに乗っているベンチャーであるが、上場などに目もくれずひたすら事業の拡大を目指しており、事業価値の桁替えを模索する中で単なるVCではない、より目線の高い資金提供者を探しているとのことだったので、ちょうどその先輩のことを思い出して、会食をセットしたものだった。

 

その中で、その先輩の一言にはっとすることがあった。「インターネットの業界というのは、急成長しているので、概して、自分たちの考える(超長期の)投資に向かない」という一言だ。未来を変える、とか、世界を良くする、とか、そういったことは、投資の世界では投資の成功による結果論にすぎない、とまではその先輩は言ってはいなかったけど、でも、自分としてはそう理解したし、とっても腑に落ちた。

 

事業の運営の中心にいると、解決すべき課題は、顧客のもつ課題であり、従業員のモチベーションであり、チャネル戦略であり、という目の前の諸々だ。そして確かに、解決されれば、付加価値が生まれ、売上が上がり、利益を生む。でも多くの、いや殆どの企業や事業は、自分たちでなくては成し得なかったか、ということ、そんなことはない。自分たちがやらなければ、他のプレイヤーが何らかの形で顧客の要求を満たしていたかもしれないし、顧客にしても、その会社から課題解決されなくても、まったく別の形で問題が解消することも多いだろう。多少の時間差はあっても。

 

人は、自分のやっていることに意義があるものだと思いたいものだし、それは経営者でも、従業員でも同じだろう。投資は、意義そのものは、中心課題ではない。そこに事業者と投資家の相容れない深い溝が横たわっているように思う。で、世の中の仕事人の大半は、事業家の描く夢に、励まされ、発奮し、自身の人生をそこに託しても悔いはない、と思いたいのだ。だから、投資視点は常にマイノリティだし、そうでなくては投資家はつとまらない。

 

そうした視点で見れば、インターネットのような急激に拡大するマーケットは、参入障壁は作りにくいし、また、成長性があるゆえに注目され、そこに過剰な流動性が生まれ、バブルを生む、という構造をもってしまう運命にある。参入障壁の構築よりも、先行者メリットのみで走り抜けることが事業運営上の要諦となる。

 

そのわずか数時間は、考え方をひっくり返される、刺激的な時間であった。そして、自身の事業を振り返り、何をしなくてはいけないのか、再確認できた大変有益な瞬間であった。

 


直観と直感

「迷った時には、チョッカンに従え」などと言われるけれども、この時のチョッカンは直感なのか、直観なのか、どちらだろうと思って少し調べてみた。

直観とは、知識の持ち主が熟知している知の領域で持つ、推論などの論理操作を挟まない直接的かつ即時的な認識の形式である(wikipediaより)。

直感の方を調べると、結構いろいろ書かれているけれども、上記の直観の後半の方の「推論などの論理操作を挟まない」という要素は共通している。ただ、直感の方は「心で感じる」といった、より「感覚」を重視する定義が多い。
一方直観の方には、哲学の専門語として定義はかなり多く、また仏教用語しての定義もあったりした。

冒頭の「迷った時」 にはどちらに従うのかということだけど、要は「知識の持ち主が熟知している知の領域で持つ認識」ような性質の判断なのかどうかが問題になる。ってことは、日常的な迷いのほとんどは「直感」に従え、と。でも、これは自分で合理的に収集しうる情報を集めてその上で、ということにはなるんだと思う。

さて、直感の「感」だけど、「感覚」と捉えるのと 「感情」と捉えるのとでは大きく違うと思う。「感覚」に従うというのは場合によってはアリな気がするけど「感情」に従うというのは危ない気がする。迷っている内容にもよるけれども。

最近、NHKオンデマンドの有料サービスに入って、いつでもスマホでNHKスペシャルやクローズアップ現代など、優良なコンテンツを見られるようになった。その中で、「量子力学」とか「超ひも理論」など、理論物理学などの先端の事例を見ていると、人間が生まれた頃から一般的にもつ「常識」に反するような理論が、ミクロの世界や宇宙のはじまりのような超マクロの世界では有力な学説として出てきていると語られていた。

また、理論物理学の先端には、プログラミングやコンピュータの処理能力のみで解ける問題はなく、「仮説」を構築してそれを検証するという行為の繰り返しの中に解が見つかる、というようなとてつもなく知的ながらも人間的な活動領域のようだ。

直感でもなく、直観をも超える、常識に反した仮説。それが、もしかしたら自分の人生を打開するのかも知れない、と最近思う。
 


ないものをないと伝える

 厄年前辺りから、アレルギー性皮膚炎っぽい症状になり、でもなにが原因かわからないままで来て、つい最近「牛乳じゃないか?」と思って、食べ物から牛乳を抜いたら、てきめんに症状が緩和したので、そうだったんだろうと思って、食べ物から牛乳を抜いていた。

 

大好きなものは結構牛乳が絡んでいるものが多い。甘いもの(ケーキ、チョコレート)、チーズやピザ、などなど。まあ、あまり劇的な症状が出るわけではなく、かるく痒みが出るくらいなので、あまり目くじらを立てるほどではないのだけど、でも、やっぱり気持ち悪いから食事からなるべく乳製品を抜いていくようになった。

 

まあ、お菓子に関しては、まず甘いモノは殆どダメ。で、豆大福が好物になった。あとは夜の食事なども、洋食はちょっと避け気味。フレンチはほんと、ダメ。で、イタリアンなら、物による。海産物とかトマト中心ならOK。和食は王様。なんか、自然と健康的な食生活になる。

 

お店などで、お菓子とかを買ったりするときには、必ず表示を見るようになった。その中で、最近のお気に入りが某大手小売の開発した「薄切りバナナチップス」。この商品を初めて手にとった時、一応アレルギーが何かあるかなーと思って、裏面を見たらアレルギー性物質の欄にはただ一つ「バナナ」とだけ記載されていた。

 

初めてこれを見た時には「当たり前だろ!」というツッコミが頭をよぎったのだが、少し考えて、そして「まてよ」と思った。自分はこれを見て安心した。「バナナ以外入っていないのね。つまり、自分の苦手な牛乳関連はないんだな」ということだ。そして、ああ、これはとても洗練されたコミュニケーションの形態の一つだなあ、と感じた。

 

ないものを、ないと伝える技術、というか、あるいは、「バナナ」がアレルギー物質なんだ、という理解というか、じゃあ、このココナッツ油(これもこのチップスには含まれているわけだが)はアレルギー性物質ではないんだ、それはなぜなのか、という豆知識への渇望というか。

 

なんにせよ、この(なんの役に立たない)気付きも、それはそれで、人生に些細なエッセンスを与えてくれて、それはそれで幸せなことだなあと思う。

 


メンテナンス

 自身の存在価値にそれほど重きを置かない自分にとって、最近取るべきスタンスは「メンテナンス」なんじゃないかと気付いた。

 

目的やゴールがない中で、ただただ、メンテナンスを行う。何のためか、と言う問いそのものを無効化するかの如く、ただひたむきに各部所の調子を確かめ、少しの不具合が醸し出す違和感に耳を傾ける。

 

そして、徐々にその可動域をひろげていく。可動域の広がりは、そのまま自身の可能性の拡大になっていく。アベイラビリティをひたすら高め、しかし、そのこと自体の意味を問わない。個人も組織もそうした在り方は、一定存在する(した)はずだ。

 

先日、前職でお世話になった経営者の方と話をしたときに、「自分にはWILL(意思)がない」と言っていたのが、印象に残った。自分にWILLがある人は、ぜひその意思をビジョンと読み替え、その実現に全力を尽くせばよい。

 

メンテナンスを十分に尽くしていると、そのうち、メンテナンスをすることの目的を忘れてくる。メンテナンスすること自体が、ある種の境地に導いてくれることすらあると思う。その時、初めて、意味性や目的という呪縛から解き放たれた気分になれる。


どんどん億劫になる

ブログも一年半も書いていないと億劫になるなあ。問題はこの億劫さをどう乗り越えるか、だと思う。そして、解決策を見つけた。とりあえず書くことだ。そして、内容をあまり気にしないこと。実践あるのみ。

 

なので、この記事はこれでいったん終えようと思う。

 

また次回。

 

 


否定から入る

 新卒で入社した銀行にはいろんなやつがいた。最初の同期全体が集まった懇親会で、一人一人自己紹介をしていった時に、70名を超える同期を目の前にして、こう言い放つやつがいた。

「初対面の人にはとりあえず否定から入ります」

語句の詳細は覚えていない。でもニュアンスというか、受け取った側の一人である僕は上の言葉をひどく不穏当なものと感じた。たしか、彼はそのあと、こう続けたような気がする。

 

「だって、マイナスからスタートしておけば、あとは印象はよくなる一方だから」

でも、それはひどく言い訳じみていたし、最初のインパクトを弱めるどころか、「あ、冗談じゃなくそうなんだ」と、むしろメッセージ性を強める印象すら持っていた。正直、15年以上もたって、70名以上いた同期の中で、覚えているのは彼のその挨拶くらいだ。自分自身でも何を言ったか、覚えていないのだ。どうせ、あたりさわりのない事言っていたに違いない。

 

facebookの「いいね!」に始まり、ブログの拍手や、google+の+1、などなど、最近は承認してもらいたい人のための、気軽に承認できるツールが大流行りだ。ソーシャルとは、承認礼賛のツールみたいなものだ。そして、今こうして書いているこの文章だって、承認してもらいたくて書いている、と言える。

 

大勢を前にしてスピーチしたときには、どうしても「うんうん」とうなずく人に目線を向けがちなのもそうした人間の性向からなんだろう。でも、あまりにもかるく同意したり、承認したりすると、その承認自体がかるいモノになってしまうのは、あらゆる需給関係と同じだろう。アベノミクスが有効なら、「いいね!」の氾濫も決して悪い事じゃない。

 

でも、もしその言説なり、メッセージに何か「引っかかり」を感じたなら、それは「いいね!」じゃないんだろう。いや、むしろあらゆるコトやモノにいつも「引っかかり」を見いだすようにする方が、よりクリエイティブなんじゃないか。さらりと関係の網目をくぐりぬける、当たり障りのない表面的なコミュニケーションよりも、ゴツゴツと、時に周囲にさまざまな障害を引き起こしながら進むことは、とても意識的でないと難しい。生来的にそういう人もいるだろうけれどもここではその話はしない。

 

先日、知人と二人でこうした話になって、試しに「いいや、違う」と否定から入ってみたら会話がどんな風に進むかやってみた。こんな風だった。

「今日はいい天気だね」「いいや、違う」

「違うってどう違うのさ?」「うーん、まあ強いて言えば、今日の東京近郊が天気がいいのであって、日本だけをみても、天気はいいところと悪いところがあるということさ」

「まあ、いいや。そういや、こないだ読んだあの小説、面白かったよね」「いいや、違うね」「・・・」

 

まあ、互いの信頼関係があっての話であり、また極端な話ではあるけれど、とても印象的だったのは、かならず否定でかえって来る、というのは会話を続けるのに、結構努力がいるのだけど、でも、その分、普段気づかない見方を無理矢理にでも引き出したり、あるいは、否定をゲームと捉えて、それを契機に会話が弾むことがあり得る、ということだ。そして、否定される側に回る方が、テクニックが必要だとも感じた。

 

冒頭の同期は、それをほぼ初対面の70名以上を目の前にしてやってのけた。信頼関係もくそもなかっただろうに、どうとらえられるか、自分がどう見られるかなど、なんの担保もなかったのに、いきなりある意味全人格に対して否定から入ると言ってのけた。彼がその当時(22、3歳だ)、どう考えてそうした切り出し方をしたのか、聞いたかもしれないけど、その答えは覚えていない。でも、いきなり否定するには、実は無前提の信頼があったのかもしれない、とふと考えたりする。承認ばかりをもとめる風潮だからこそ、あえて否定から入ってみて、自分と他人の反応を見てみるのは、意外な発見があるかもしれない、と思う。


あるべきものがない、と気づくこと

 学生時代は推理小説が好きだった。母親が家の本棚にずらりとエラリー・クイーンとか、アガサ・クリスティなんかを並べていたから、自然と手にとって読むようになったのかもしれない。いくつか好きなタイプがあったが、やはり謎解きが読んでいて楽しく、また自分でも書いてみようと思っていくつか短編を書いてみたりした。

 

探偵とか、刑事が謎解きをする際に、よく相方のサポート役が「何でこんなことにしつこく拘るんだろう」と訝しんでいるシーンがある。それは、現場の何気ない置物だったり、重要そうではない人物の発言だったり、様々だ。そして、それは大抵読者への大きなヒントの呈示だったりする。それらは、以下のどちらかの構造を持っている事がままある。探偵はその状況に違和感を感じるのだ。

 

・あるはずでないものが、ある。
・あるはずのものが、ない。

 

前者のタイプの事柄に違和感を感じるのは比較的簡単だよね、と言うのが本稿の結論で、一方の後者に気付くのは至難だなあ、とか思うわけだ。まあ、小説だから、目でみたもの、耳で聞いたもの、ほか全てを記述するのが難しいから、という理由もあろうかと思うが、実際の仕事でもあることだなあ、と思う。

 

例えば、デザインとかを仕事にする人の場合、あるデザイン的な制作物を何かが足りない、と思ったり、違和感を感じたり、ということがそれにあたる。ヘッドハンティングやリクルーティングにおいては、対話者の対話内容に何か引っかかりを感じて、それを質問してみた時に初めて本当の理由や経緯がわかる、ということはザラだ。

 

前者の違和感と後者の違和感の違いは、たとえば間違い探しみたいなクイズで、変化前の絵と変化後の絵を時間差で見せる時、などが似ているか。後から増えたものは目に付きやすいが、前から減ったものはわかりにくい。何でかっていうと前からあったものが減ったことに気付くためには、前に何があったか覚えていなくてはいけないからだ。

 

後者の状況で何かに気づくためには、そもそも「あるべき姿」を認識できていなくてはいけないが、前述の間違い探しとの違いは、「変化前の絵」を自分で想定しなくてはならない点であり、それを想定する能力はその人が持っている経験や知識の量とその整理のされ方に依存する。あるべきものがない、と気付くには、あるべきでないものがある、と気付くよりもかなり多くの情報が認識者にないといけないのだ。

 

最近、ドストエフスキーの「カラマーゾフ」を読み始めているのだけど、最高の小説と言われるだけあって伏線が半端ない。ウィトゲンシュタインが兵役の際に持っていった少数の本の一つ、と言うのも、また、村上春樹が何度も読み返した、と言うのも頷けるが、それは再読する度に新しい気付きや発見があるからだろう。この再読にあたって気付きが増えるのは、読者の経験や知識が増えると解釈の幅と深さに変化が生じるからだ。書かれたもの以上に書かれていないもの、行間に膨大な物語がある。読書の楽しみだ。

 

あるはずのものがないのではないか、という視点でまわりを見渡すと、写真のネガとポジの逆転みたいなことが起こる。いままで黒地だとおもっていたものが白く浮かび上がってくる。そして、そこで初めて「全体を動かしている構造」の存在を知る。その構造の中において、何かの不存在の理由、誰かの不作為の理由には、存在理由や作為の動機と同等かあるいはそれ以上の真理が潜んでいる。そこに思いを馳せると世の中の趣は何倍にも広がる。

 


人生訓と常識

 新しい人と話をするのは本当に楽しい。ヘッドハンティングというか、サーチというか、この仕事の一番の面白さは、自分が知らない人生を疑似体験できることだ。最近は海外での勤務経験を持つ人とお話することが多いために、ますますその経験談は興味深いものが多い。その中で改めて感じるのは、我々が常識だと思っていることは、「今(現代)の」「日本の」常識にすぎないのに、それに縛られて発想が狭まっていることが多いな、ということだ。

 

個人的に、一番刺激を受けるのは、自分が「これはさすがに、疑問の余地のないものだろう」と勝手に思い込んでいた事柄に関して、実はそうではない、ということを知った時だ。それは、そうした事象の現場に居合わせた人から仄聞的に聞くこともあるし、科学的な事象であれば本などで読むこともできる。種は本当にたくさんある。最近は、ある食品メーカーが液晶テレビを作ろうとしていた話、とか、宇宙の物質の9割は暗黒エネルギーと暗黒物質であり、それは異次元に存在するかもしれない、とか、銀座4丁目には誰のものでもない土地があった、とか。

 

一方、紋切り型の言説とかに関しては以前よりも「本当か?!」と感じることが増えた。上述のように、科学のような厳密な世界ですら(いや、だからこそ、か)、ずっと信じられてきたことが間違っていた、ということがあるのだから、自分が常識であると思っている諸々の事柄に関して、もっと懐疑的であることが本当の意味での誠実さなのではないか、と思うからだ。

 

日本がこれから迎える人類史上類を見ない人口の減少は、その量、スピード、ともに大きなインパクトを社会に与えると思う。いくつかの人生訓は、右肩上がりの社会を前提としたものである。特に継続性を重視するメッセージに関しては、市場の拡大が前提となっていることが多く、注意したほうが良い。継続性は勤勉さと結びつきやすく、一見すると人間の本質に根ざした原則をうたっているように見えるからまたたちが悪い。我々の親やその親の世代は市場拡大を前提とした人生訓がそのまま結果に現れたから、悪気なくそうした「常識」を振りかざして、自分の子供や孫に薫陶をたれたりするから注意しなくてはならない。

 

また、単純労働が機械化されて情報の伝達がITの革新により効率化したことによって、労働集約的な作業よりも知的労働の方がより価値創出をする社会になっていく中で、多様性重視が言われるようになってきた。ダイバーシティ、というやつだ。これも、いくつかの常識を覆しつつある。志向性の特殊なマイノリティを無視しても、共同体のルールを重視したほうが最終的な社会の成果が大きかった。でも、上記の通り技術革新がその前提を大きく変えた。

 

こうした変化は、自分の頭で考えることが、今後より重要になる、ということを意味している。理系の世界では常に前提を疑いながら、FACTやDATAを地道に収集し、仮説検証を繰り返すというスタイルが当たり前になっているが、それがビジネスや社会規範に関しては当たり前になっていない。なぜそうだったかといえば、多分ビジネスや社会規範はその社会の支配者の意向が働き、支配者のルールに合わせることの方が、幸せな人生を送れる仕組みになっていたからだ。でも、理系の人たちが進めてきた技術の進化が、上述の通りその前提を大きく変えてしまった。

 

今後もこの傾向は強まり、スピードは上がるだろう。だから、人生の諸先輩たちが言う「自分たちはこのやり方で、考え方で、間違いなかったよ!」と満面の笑みで善意に満ちたアドバイスを疑うことが重要だ。今までがそうであったことは否定しない。でも、これからもそうであるかというと、それはよくよく考えるべきだ。継続性、単一性、といったカテゴリーだけでなく、家族や、社会、道徳、公共といったものに関しても、一見疑い得ない「常識」が通用しないものがどんどん増える。それを一過性で誤ったエラーと見るか、本質的で不可逆な変化と見るかで今後の世界の捉え方は大きく変わる。


先端にいること、中心から遠ざかること

最近、刺激を受ける本を読むことが少なくなったなあ、と思っていたら、久しぶりに書店で面白い本を見つけたので、結構時間をかけてじっくり味わうように読んでいる。マッキンゼー出身の方がインタビュアーで、文系理系問わず、ある学問の領域のTOPの方数人が、その領域で今一番の「課題」は何で、それに対してどのようなアプローチで「解決」を図ろうとしているのか、ということを語っているものだ。

その学問というのは、

・発生生物学

・老年学

・銀河天文学

・中国哲学

・物性科学

・言語脳科学

の6つの分野だが、このほとんどに関して、一般的な意味で関心を持っていたこともあって、書店で見つけてすぐに購入し、今銀河天文学の途中まで読んだところだ。

 

この中で、最初に読んだ発生生物学の教授が言っていたことが、まさに「ああ、そういうことに惹かれていたのだな」と自分なりに感じるところがあった。彼が後に大発見をする研究分野があり、その研究分野は彼が大学で自分の研究分野をそこに定める意思決定をした際には、とうの昔に研究分野としては打ち捨てられた分野であった。50年ほども誰も研究することなく、新たな発見は何もなかったその分野に彼が取り組んでいた最中、しばしば「一人であてのない研究をしていて不安ではないですか?もしオーガナイザー物質(彼が後に発見した物質)が見つけられなかったらどうするんですか?」と聞かれた時、彼は「たとえ自分が見つけられなくても、かならず自分のあとの誰かが見つけてくれるし、研究を続けていればその人の発見の土台になる。それでいいと思っている」と答えた、と本書の中にあったとき、「ああ、これだなあ」と漠然と自分が求めるものに気付いたのだった。

 

以前のエントリーにも書いたことだけど、こうした一定の時間が、いや「長い時間」を必要とすることに、どうしても興味を持ってしまうのはなんでだろう、と思った時に、もうひとつ、自分なりに思いついたキーワードがあって、それは「先端にいること」であった。On the Edgeっていうと、僕の大好きな経営者の作ったベンチャー企業の名前である。先端に居続けて何かをすることは、その何かが現実に影響を及ぼすまでに時間が掛かることが多いのだ。場合によっては、自分の生きている間には行き着かないこともある。往々にしてある。じゃあ、なんでそんな場所にいて何かしているんだろう。

 

あるときに、先端にいることも、その世界が拡大するに連れて、どんどん中心部に近づいていく。さらにその先端部が中心からとても離れていると、あるときその先端が持つ「引力」のようなものが世界の形を変えてしまったとき、世界はいびつな形をしているのだけど、でもいつの間にかそれが世界の形として定着する。そして、いつのまにか中心だったところから徐々にずれていって、新たな中心部が出来上がる。このイメージは、世界がもつダイナミズムが「先端」=「はじっこ」のエネルギーに依存しているイメージと合致するという意味でも、自分の中でしっくりくる。

 

世界の中心にいることは、とても安心感があるし、そこで自分のエネルギーを投下して、リターンを得ることは比較的短い時間でできる。でも、先端=はじっこで何かをやろうとするときには、長い時間がかかる。というか、そもそもそこからリターンがあるかどうか、やっている当人に確信がないことも多い。世界の中心は時間とともに移ろうし、それによってはじっこは中心に寄ることもあるし、以前は中心に近かったはずの場所がいつの間にか先端に近くなったりもする。

 

通常は、中心にいることに動機は問われない。むしろ、それを社会が奨励することが多い。でも、世界の端っこにいることには、動機というか、衝動というか、とにかく、普通じゃない何かを必要とする。そしてその先端にいる人達が、世界を変える。中心にいる人達がしているのは、制御である。そんな、動機や衝動で動いている「手に負えない危険な」人たちから社会の多数派である「秩序の安定を求める」人を守ってあげることである。でも、ここで面白いのは、そのような先端にいる人達が、中心にいる人達のサポートのお陰で、先端にい続けることができる、というパラドックスだ。

 

現代は、ビジネスというのは比較的世界の中心に近いところに居場所を定めている。一方、学問や芸術は以前ほど世界の中心にはいないような気がする。中心は変わる。今行きている僕らが思いもしないような中心が、50年後、100年後、あるいはもっと先に、世界に現れているかもしれない。その世界のヒントは常に「先端」にあるし、だから、先端を見つけるといつも心が湧きたち、生きることの意味や目的なんてものを問わなくてもいいんだって確信できる。


人が産業の構造を変える

4月が来ると色々なところで、新社会人になる人達を見かける。来年の新社会人である就活生も、この4月から本格的な就職活動に入るからか、同様に目にすることが多い。1995年4月に筆者は日本長期信用銀行に入行した。17年っていうのは、小学校入校から大学卒業までの時間と同じで(一年留年したので)、それほど時間が経てば、そりゃあ世の中も変わるよな、ということを感じるのに十分な時間だ。その時に自分がたどる時間がこんな風になるとは思いもしなかった。

 

城山三郎という経済小説家の書いた「小説日本興業銀行」とか「官僚たちの夏」とかを読んで、産業金融というものに憧れを抱いていて1995年に長銀に入った。1998年に国有化され、1999年には外資系の新興ファンドであるリップルウッドに売却された。同じ99年に個人的には最初の転職をして、当時株式公開をしたばかりの某ベンチャー企業に入社した。その時に転職をサポートしてくれたのが、前職のインテリジェンスであった。

 

そのころのインテリジェンスは、カウンセリングに行ってもとても活気があって、若い人達がのびのびと楽しく仕事をしている、いかにもベンチャーな雰囲気の会社だった。一顧客として接していても「よさそうな会社だな」と思っていたので、そのインテリジェンスが株式を公開する際に創設するヘッドハンティング子会社の設立に誘われた時には、あまり悩みもせず、即答で応諾した。これは今でもいい決断だったと思っている。2000年だった。

 

長銀入行当初、産業を変革するのは、中長期の視点を持ったバンカーであると考えていた。実際上記にあげた経済小説で描かれた事例は、そうしたことが実際過去にあったことを教えてくれていた。実際に銀行にはいって、それほど大した実務経験を得ないままに、国有化されてしまった。いまから考えると、当時、もう産業界は、銀行による融資によって事業を伸ばす段階を終えていたのだと思う。資金調達の方法は多様化していたし、なにより当の事業会社のほうが信用力が高かった。結果として、当時21行あった主要銀行(都市銀行、長信銀、信託銀行)は、いまや数グループにまで集約された。

 

長銀にいた最後の頃に読んだ「プライベート・エクイティのすべて」という本の中に、金融の先端的な手法であるプライベート・エクイティ投資の実務において、日本特有の課題として重要な問題が「経営人材の不足」の問題だ、という記述があった。さらに同時期、インターネットが徐々に世に広まりつつあり、そこではある一つのアイディアやサービスが、従来の事業では考えられないくらいのスピードで立ち上がっていった。事業の立ち上げから、その事業化、そして、運営・経営、果てはターンアラウンドまで、フォーカスされるのは「金」ではなく「人」にシフトするなら、その人にダイレクトに関わることが当初の自分の夢を実現するのに近道なのではないか、と考えた。

 

あれから十数年たって、「人」によって産業界は変わったのか、と言われるとどうなんだろう、と思わないでもない。もちろん、個々の企業を見ていけば、様々な革新があった例も多いと思うし、いくつものベンチャー企業が公開して新しい価値を社会に提供したことは間違いない。でも、国力の成長とともにどうしたって国内における生産費用が高まる中で、繊維→鉄鋼→自動車→電機といった、より高付加価値な業界に産業界全体がシフトしていったような劇的な構造シフトが出来なかった20年ではないか、ということは色々なところで言われている。

 

もちろん、「そんなことを考える前に、目の前のことをやるのだ!」というスタンスがあるのも否定しないし、それはそれで正しいのだと思う。神の見えざる手、だ。でも、単純に個人として、そうしたことが気になって仕方がない。そして、いま個人的に、もしかしたら日本という枠組みにおける変化のきっかけとなりうるのではないか、と考えているのが、震災を契機とする諸々の事象だ。個人の精神構造にも、社会的な意味合いでも、そして、実はテクノロジーの観点からも、あの震災が契機であった、という地殻変動が起きているような気がする。

 

そうした見方は単なる願望かもしれない。でも、そうでもなければ、いま、この日本にたまたま生をうけて生きている意味がないような気がする。そして、それは、大それたイベントとして目の前に現れてくるのではなく、いわば毛細血管のように社会の各事象にきめ細かく入り込んで、いつの間にかパラダイムを変えてるような、そうした変化なのではないかと思う。そして、その変化の担い手であり受益者は、有名な特定の「誰か」ではなく、不特定多数の「我々」なのだと思う。

 

当初考えていた、「人」が産業の構造を変える、ということが、今はちょっと違う意味合いで自分の中でテーマになっている。引き続き、このテーマでしばらく考えてみたい。



Author:渡辺健堂
1971年生 北海道出身 北海道大学法学部卒
卒業後、㈱日本長期信用銀行入行。コーポレートファイナンス業務、マーケット部門でミドルオフィス業務に従事。その後、ベンチャー企業を経て2000年にヘッドハンティング会社の設立に参画。2002年に同社代表取締役社長に就任。投資ファンドにおける投資先経営陣確保の重要性に着目、幅広い業界の経営者候補との強いパイプラインを築く。
2006年㈱エグゼクティブ・ボードの立上げに参画、主に金融の他、事業開発、事業企画などを得意とし、経営者発掘と投資ビジネスの融合を模索している。

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